私が、


あの人の耳になろうと決めたのは






まだ小学3年生の時だった……





















「令の…崩壊…?」






呆気に取られている蓉子に、


累は静かに微笑みながら頷いた







そして









蓉子に1歩近付くと、














身を屈めて視線を同じ位置に合わせゆっくりと口を開く


















「貴方も協力してくれる?」


















「…っ何言っているの?令は私達の仲間なのよ!」








「仲間、ねぇ…」






一旦身を離し、考える素振りを見せる累に

蓉子は眉を顰めた








やがて再び顔を合わせ、


不敵な笑みを見せる累

















「私の聴力を奪ったのは令だと知ってもそういう事言える?」












「…え……令、が……?」


































「私と累は、小さい頃から剣道で同等の力を持ってました」







一同を見回し、令は意を決して語る事にした



この場に居る、…蓉子以外の全員重々しげな顔つきで令を見ているだけ




『っ…!!!』

『待ちなさい、祥子。私が行くわ』

『え…どうして蓉子が?』




『訊きたい事があるのよ、あの人に』








そう言って累を追いかけていった蓉子と累を気に掛けながらも


きっと全てを話さないと部屋から出る事を許されないと思った





江利子の、視線が痛々しく突き刺さる







自分の姉だから、


そして累の事で絶望していた時に救ってくれた方だから、









だから令は余計江利子を直視できなかった


















「面白いんですよ、同じ力の2人の手合わせは…。技も癖も同じだし、本当に鏡を見ているみたいで」



弱々しく微笑む由乃に、令は目を伏せて苦々しい思い出を思い返す










それは


そう

小学3年生という





まだまだ世の中を知らずに遊びまわっている年頃だった














その年頃に、









累を闇を追い込んだのは私















「ある日134戦62勝63敗9引き分けという段階で決着をつけようと私は手合わせを申し込んだんです」









1敗してた分、令はこれ以上譲れなくて



いつもよりも気合を入れて試合に臨んだ
















「それで…夢中になって私は累の状況など見切れなかった」











一瞬の隙をついて、累の竹刀を弾いたその時

勝負は決まっていたようなものだった…






そのまま胴を突けば1本だったのに、






令の竹刀は運悪く目標を誤って累の面の真横に向かって行った













甲高い嫌な音が、道場に響く


















「勝った、と…しばらく信じられない思いでその場に突っ立ってたんですが……」











嬉しくて、嬉しくて、


お父さんに報告しようと思って意識を取り戻したら




ふと目に赤いものが映った






それは、面を取った累から流れ落ちる

















一瞬何が起きたのか理解できなくて、





どうして累は左耳を押さえたまま床に這いつくばっているのだろう




どうして周りは騒然としているのだろう








私が勝ったのに、どうしてお父さんは蒼白な顔で累の方へ駆け寄るのだろう













そんな事ばかりが脳内を駆け巡る









その後はあまり覚えていない


ただ、観戦していた由乃が泣きじゃくりながらおばさんと一緒に累が運ばれる救急車に乗り込んで





そしてお父さんに呼ばれたお母さんも青冷めて自家用車に乗り込んで

動く事が出来ない私はお父さんに抱きかかえられて車で病院へ向かったんだ













「次に会った時は、累の私を見る目が変わっていました」















ふと、無意識なのか令の頬を涙が伝う



息を呑むメンバーに令は初めて泣いているのだと理解した















「累を、音の闇に突き落としたのは私なんです…」
























ある日を境目に、音が聞こえなくなった




大好きなお父さんやお母さん、由乃、……そして令の声が聞こえなくなった









目の前で医者と深刻そうに話していても、



それすら何も聞こえない













何も















何も…

















朝目覚めると小鳥の鳴き声が聞こえて

お母さんが朝ご飯を作っている音が聞こえて


おはよう、とまず同じ部屋の令が笑いかけてくれる












でも、目覚めて耳に入るものは…何もない













ただの静寂



















テレビの雑音も



途中まで一緒に行こうと由乃を誘いに行った時の島津家の朝の賑やかさも








友人達の楽しそうな話題も






























何も聞こえない








































「こんばんわ」








「……来ると思ったわ、いらっしゃい」













バイクの音で気付いたのか、

私がチャイムを鳴らしてすぐに家の主は出てきた




扉を開け放って入るように促す彼女に



抱きついた










自分よりも背が低い彼女の腰に両腕を回して肩口に顔を埋めると





少し驚いたのか、彼女はしばらく固まっていたけれど


ふと微笑んでそのまま自分ごと玄関の中に入れ、ドアをそっと閉める









やがて出てきた彼女の兄達に無理矢理剥がされるまで








私は彼女に縋った










今、だけ…




今だけだから

















「愛しているよ、江利子さん」



































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