「令ちゃんはどうやって祥子さまを押し倒したの?」
「ぶっっ!!?」
「聖さまは?」
「なっ…」
「乃梨子ちゃんは?」
「…………」
とある晴れた昼下がりの事
聖の家に集まってお茶をしていた4人は、
其の平和な時間を乱される事になる
4人の中のうちの1人によって
平和な時間を乱された3人は口から紅茶をボタボタ垂らしながら其の1人を見つめる
けれども今度は3人の中のうちの1人、彼女だけはそんなはしたない真似をする事もなく冷静に呆れていた
「ぷはっ…はぁ、よ、由乃。何言ってるのかな?」
「令ちゃん汚い」
「汚いって…っ」
「はっはぁん、要するに由乃ちゃんは祐巳ちゃんを押し倒せてないから其の参考に意見を集めてる訳だね」
「さすが聖さま、其の通りです」
口周りを拭いながら物凄い形相で尋ねてくる令を一刀両断すると、
ちゃんと質問の意図を捕らえてくれた聖に強く頷き返す由乃
只1人冷静沈着な乃梨子は小さくため息を漏らしたり漏らさなかったり
ニヤニヤしながら由乃を見る聖に、由乃は尊敬の眼差しを向けていたのだが突然鋭いものに変わった
その変貌振りに聖の笑顔も苦笑へと変わり、ソファの背もたれにしがみ付く
「な、何かな?突然…」
「もしかして、聖さまってもう祐巳さんと……」
「ん?」
「ヤッたんですか?」
「ヤッ…?」
「セックスしたんですか?」
「セッ………由乃ちゃん、相変わらずの青信号ぶりだね」
ど真ん中直球の由乃の台詞にさすがの聖もたじろぐ
汗たらたらで今此処には居ない恋人、蓉子の助けを求めてみる
けれど此処に集っている4人の恋人達は仲良く街中へ買い物に出掛けてしまったのだ
だから当然いつもなら此処で由乃の暴走を留めてくれる蓉子や江利子など居る筈もなく
聖と令は2人して路頭に迷う事になってしまった
其処で忘れちゃならないのが救世主こと二条乃梨子
彼女の冷静沈着な態度のお陰で救われた場は幾つもあるだろう
「そういう事と、由乃さまが祐巳さまと交じりたいと思うのとどう関係があるんですか?」
「其れはっ、…現在の恋人として元恋人とは何処までの付き合いだったのか知りたいという気持ちがあるのは当然じゃなくて?」
「でもその元恋人は今蓉子さまと幸せに暮らしている。そういった事の詮索は誰も幸せにならないと思います」
「乃梨子ちゃんには判らないわよ!最初からずっと志摩子さんと両想いだったんだから…」
「ならば、聖さま。其処の処はっきりと意志表示してやってください、其れは祐巳さまの現在の恋人である由乃さまに対する礼儀じゃないかと」
「…っえぇと、……どうしても言わないと駄目かな?」
頬を掻きながら苦笑してみせる聖に、
由乃は少し黙るが少しして首を横に振った
そんな彼女に聖は柔らかく微笑む
「そう…でも、私と祐巳ちゃんは何も無いよ。安心して」
「本当ですか!?」
「うん」
安堵のため息を吐く由乃に、3人の顔に笑顔が張り付く
そして令の淹れた紅茶が冷めぬうちに、と促されて一息吐く
「其れで、由乃ちゃんは祐巳ちゃんと付き合い始めて2ヶ月経つけれど未だに進展ないって事?」
「そうなんです、祐巳さんからも何も言わないし…」
「ふぅん、にしても由乃ちゃんらしくないよね」
「え?」
「いつもだったら自分から行動を起こすのみ、でしょ?祐巳ちゃんに関しては臆病だなって思って」
「そんな事は……」
「ま、そんなふうになっちゃうのも恋の魅力だけどね」
からからと笑いながら、ソファとテレビに囲まれたサイドテーブルに置いてあるお皿からビスケットを取り口に放り込む
令も紅茶のおかわりをティーポットからカップに注ぎながら微笑している
「でも、そういう事って側に居たら自然と流れで行くものだと思いますが」
「まぁねぇ、相手が側に居るだけで抱き締めたい、キスしたい、抱きたいって思うよね」
「改めて面と言わなくても大丈夫な人も居ると思いますし、面と言って改めないと駄目な人も居ると思います」
「志摩子はどうだったの?」
「自然に、でした。令さまこそどうだったんですか?」
「祥子は面と向かって改めないと駄目だったよ、私小心者だから其れが余計辛くて…」
「令の場合自然に、でも進まないから祥子が業を煮やしたんでしょ?」
「そっ、それは…そうですけど……」
「なるほど、幾ら待っていても来ない令さまに荷を切らした祥子さまから、と言う訳ですね」
「なっ…乃梨子ちゃんまで、酷いよ」
「本当の事じゃん」
「本当の事を言ったまでです、…そう言う聖さまはどうだったんですか?蓉子さま」
「蓉子?蓉子はねぇ、どっちもつかずだったかな。改めて言う…事も無く、自然に、という事も無かった」
「それはまた難しい選択ですね」
「そうなんだよ〜、蓉子ったらガチガチになっちゃって」
「あの!!」
和気藹々とそれぞれの恋人との成り行きを話している3人に、
1人置いていかれていた由乃が声を張り上げて呼び止める
其処でやっと忘れていたとでもいうように顔を上げる3人
「ごめんごめん、由乃。要するにアドバイスをしてあげればいいんだよね?」
「令ちゃんには最初っから期待してないもん」
「酷っ」
「まぁまぁ、令を苛めるのもそのくらいにしておいて」
「そうですね、私から言わせて貰いますと由乃さまはいつも通り行け行け青信号で良いと思います」
「うん、待っていると思うよ。祐巳ちゃん」
「今頃蓉子達にその事について相談してたりして」
一瞬顔を見合わせ、
直ぐに「まさかぁ」と笑う一行を置いておいて
商店街で今夜の宴会の買出しを行っていた蓉子達は真ん中で縮こまっている祐巳を凝視していた
「…私の聞き間違いだったら謝るけれど、今未だに何も進展が無いと聞こえたのだけれど」
「聞き間違いじゃないと思いますわ、お姉さま。私もそう聞こえました」
「まさかあの由乃さんが、ね…」
蓉子と祥子と志摩子は、
傍から見れば優雅な笑みを浮かべながら談笑しているようだけれど
実際引きつった笑顔で戸惑っていた
3人の間に挟まれて歩いていた祐巳はどんどん小さくなっていって、そのうち消えそうなくらい肩を縮こませている
其の顔はもちろん真っ赤で
「いえっ、何もって言う訳ではなくてキスとかまではしてるんですけど…最後のステップというか」
「そうなの、吃驚だわ。由乃ちゃんの事だから初日に襲っているかと思っていたもの」
「お姉さま、由乃さんの事何だと思っているんですか…」
「え?"赤信号上等、島津由乃"でしょ?」
「まぁ、あながち間違ってはいませんけど」
自分の姉のはっきりとした物言いに項垂れる祐巳
だけれど蓉子と志摩子は苦笑しながら前方を見ていた
「今頃、由乃ちゃんも聖達にそういった相談しているかもしれないわね」
「…ええ、今夜は祐巳さん災難ですね」
宴会も終わり、
家主の聖と蓉子以外はお酒の飲んでいない令に送って貰いそれぞれの恋人との愛の巣へと戻っていった
部屋に着くなり由乃は真剣な面差しで祐巳を見つめる
そんな彼女に祐巳は戸惑いながら、何かあったのかと尋ねた
けれど由乃は何も言わずに祐巳の手を取り見つめてくるだけ
「よ、由乃さん…?」
「…祐巳さん、私達好き合っているわよね?」
「え?あ、うん」
「付き合いだしてもう2ヶ月になるわよね?」
「うん」
「今までキス止まりだったのは、私も祐巳さんも勇気が無かったのよね?」
「う、うん」
「じゃあ、今夜お互いにその勇気を振り絞ってみない?」
「えぇ?」
「私は祐巳さんを抱きたい。其の気持ちでいっぱいよ、祐巳さんは?」
「私は…」
「私に抱かれるのは嫌?怖い?」
「そんな事ないよ!むしろ…由乃さんなら」
「……じゃ、いい?」
「…うん」
恥ずかしそうに俯きながらも、
小さく頷く祐巳に由乃は顔を輝かせて嬉しそうに抱きつく
「ね?由乃さん…私、初めてだから……」
「優しく?出来るだけそう出来るように努めるわ」
「そんなっ」
「仕方ないわよ、此処まで我慢させた祐巳さんが悪いんだもん」
「私のせいっ?」
「うん」
「そんな〜」
「…ふふふ」
「…ふふ」
結論
祐巳はやっぱり面と向かって改めて言わないといけない派だった
そして
由乃はやっぱり青信号じゃないとらしくなかった――――――
fin